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人的資本経営とは?人材戦略・KPI・採用・育成・定着を経営につなげる方法

部署:人事・採用担当者部署:経営者・責任者レベル:基礎知識

採用、研修、配置、離職対策をそれぞれ実施していても、経営戦略とのつながりを説明できなければ、人的資本経営とは言いにくい状態です。問われるのは、人材施策の数ではありません。事業戦略から「どのような組織能力と人材が必要か」を定め、現状との差を採用・育成・配置・定着の施策で埋め、その進捗をKPIで確認できているかどうかです。

この記事では、人的資本経営の定義、人的資本開示との違い、人材版伊藤レポートの考え方、KPI設計、実行ステップを一つの流れで整理します。自社の経営課題を起点に、人材戦略とKPIを一枚にまとめる道筋を示します。

人的資本経営とは「人材の価値を企業価値につなげる経営」

経済産業省は、人的資本経営を「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と説明しています。

この定義で中心になるのは、「人を大切にする」「研修を増やす」といった人事施策そのものではありません。経営戦略を実現するために必要な人材と組織能力(組織として発揮できる力)を特定し、その獲得や強化へ投資し、結果を経営指標と人材指標の両方で確認することです。

たとえば、新規事業を3年で売上の柱にする経営方針があるとします。この場合、「新規事業研修を実施する」だけでは設計が終わりません。必要な事業開発人材は何人か、社内にどれだけいるか、採用と育成をどう組み合わせるか、どの配置で経験を積ませるか、重要人材の流出をどう抑えるかまで決めます。

つまり、人的資本経営の特徴は、経営方針から人材の採用・育成・配置・定着までを一続きで設計する点にあります。

人的資本経営と人的資本開示は何が違うのか

人的資本経営と人的資本開示は関係していますが、同じものではありません。前者は人材への投資を経営の中で設計する取り組みで、後者はその内容を外部へ説明する取り組みです。違いは、次の表の4つの観点で比べると分かります。

項目 人的資本経営 人的資本開示
主な目的 人材への投資を経営戦略と結び、企業価値向上につなげる 人材戦略・指標・実績などを投資家等へ説明する
主な対象 経営、人事、事業部門、現場 投資家を中心とした外部ステークホルダー
中心となる問い どの人材・組織能力が必要で、何を変えるか 戦略と人材投資の関係をどう説明するか
成果物の例 人材戦略、人材ポートフォリオ、KPI、施策計画 有価証券報告書、統合報告書、人的資本情報の開示

開示については、制度面の動きも確認しておきましょう。金融庁は2023年3月期決算企業から、有価証券報告書等に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄を設け、人的資本を含む情報開示を求めています。さらに内閣官房は2026年3月23日に「人的資本可視化指針」を改訂し、経営戦略と人材戦略の連動や、それを踏まえた指標の開示事例を整理しました。

したがって、開示項目を先に埋めるより、まず経営戦略と人材戦略をつなぎ、その結果として説明すべき指標を選ぶ順番が自然です。

人材版伊藤レポートの「3つの視点・5つの共通要素」

経済産業省が2020年に公表した「人材版伊藤レポート」と、2022年の「人材版伊藤レポート2.0」は、日本企業が人的資本経営を実践する際の代表的な考え方を整理した資料です。人材版伊藤レポートで示された基本枠組みは、3つの視点と5つの共通要素で整理できます。

3つの視点は次のとおりです。

  • 経営戦略と人材戦略の連動
  • 現状と目指す姿のギャップの定量把握
  • 企業文化への定着

5つの共通要素は次のとおりです。

  • 動的な人材ポートフォリオ
  • 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
  • リスキル・学び直し
  • 従業員エンゲージメント
  • 時間や場所にとらわれない働き方

すべてを同時に始める必要はありません。自社の経営課題に対して、どの要素がボトルネックになっているかを見極め、優先順位をつけて取り組みます。

組織の中で発言・質問・失敗共有ができる状態を具体的に整える際は、心理的安全性の高め方も確認してください。

最初に経営戦略から「必要な組織能力と人材」を定義する

人的資本経営の出発点は、人事制度ではなく経営戦略です。「採用人数を増やす」「研修受講率を上げる」から考え始めると、施策が目的化しやすくなります。

経営戦略から必要な組織能力と人材を定め、現状とのギャップを施策とKPIで埋める人的資本経営の流れ

国の指針も、経営戦略を出発点にする考え方を示しています。2026年改訂の人的資本可視化指針では、経営戦略上重要な事項を特定し、そこから「あるべき組織・人材像」を描き、必要な人材戦略・人的資本投資を整理し、経営への影響を踏まえて優先順位と時間軸を設定する考え方が示されています。

実務では、次の表の順に整理すると、つながりが見えやすくなります。上から順に「何を実現するか」を起点に、必要な組織能力、人材像、現状とのギャップ、埋め方、確認方法を決めていきます。

経営上の問い 整理する内容 例
何を実現するか 3〜5年の事業目標 新規事業比率を高める
何ができる組織が必要か 必要な組織能力 顧客課題から新サービスを設計する力
誰が必要か 人材像・役割・人数 事業開発責任者、プロダクト人材、営業企画
今どこが足りないか 現状とのギャップ 経験者不足、後継者不足、特定部門への偏在
どう埋めるか 採用・育成・配置・定着 外部採用、選抜育成、異動、重要人材の定着
何で確認するか KPIとレビュー頻度 充足率、スキル保有率、配置率、定着率

この表で大切なのは、人数だけでなく「能力」と「配置」を見ることです。必要人数がそろっていても、重要ポジションに必要な経験が不足していれば、経営戦略上のギャップは残ります。

役割・権限・会議・評価・情報共有まで運営に落とす方法は、組織づくりの進め方で詳しく整理しています。

採用・育成・配置・定着を一つの人材戦略にする

人的資本経営では、採用、育成、配置、定着を別々の施策として管理しません。同じ人材ギャップを埋める手段として扱います。

人材ギャップを採用・育成・配置・定着の4施策を組み合わせて解消する考え方

たとえば、デジタル事業を拡大したい企業でデータ人材が不足している場合、「採用強化」だけが答えではありません。外部採用で何人を確保するか、既存社員のうち何人を育成するか、どの部署へ配置するか、獲得した人材が活躍・定着できる環境をどう整えるかを組み合わせて考えます。

施策ごとに経営につなげる問いとKPIの例を整理すると、次の表のようになります。

人材施策 経営につなげる問い KPI例
採用 外部から補うべき能力・人数は何か 重要職種の充足率、採用リードタイム、入社後定着率
育成 内部で増やすべき能力は何か 重点スキル保有者数、認定到達率、育成後の配置率
配置 必要な場所へ人材を動かせているか 重要ポジション充足率、社内異動率、後継候補充足率
定着 失うと戦略に影響する人材を維持できているか 重要人材の離職率、定着率、継続勤務意向など

採用数や研修受講者数だけを見ると、「活動したか」は分かっても「経営に必要な人材がそろったか」は分かりません。そのため、施策KPIの上に、人材ポートフォリオの変化を示す指標を置きます。

学術研究でも、人材施策を単独で見るより、複数の人事施策を組み合わせて捉える視点が示されています。2017年の縦断研究8件を統合したメタ分析では、高業績につながる人事施策群と企業業績の間に正の関連が報告され、相互に補完し合う施策の組み合わせは個別施策より強い関連を示しました。

ただし、研究結果は「特定の施策を導入すれば業績が上がる」という因果関係を保証するものではありません。自社の経営課題に合わせた設計が必要です。

採用施策そのもののボトルネック診断や改善手順を確認したい場合は、採用改善の全体像も参照してください。

人的資本KPIは「経営成果・人材成果・施策」の3層でつなぐ

人的資本KPIは、一般的な指標をたくさん並べるほど良いわけではありません。経営戦略から逆算し、「施策が進んだか」「人材・組織の状態が変わったか」「経営上の目標へ近づいたか」を3層で追えるようにします。

人的資本KPIを施策、人材成果、経営成果の3層でつなぐ構造

図の3層の内容は、次の表のとおりです。

KPIの層 確認すること 例
経営成果 事業戦略が前進しているか 新規事業売上、顧客継続率、生産性、開発期間
人材成果 必要な人材・組織能力が形成されたか 重要職種充足率、重点スキル保有者数、後継者充足率、重要人材定着率
施策 採用・育成・配置等が計画どおり進んだか 採用人数、研修修了率、異動人数、面談実施率

たとえば「新規事業売上を伸ばす」という経営目標に対し、「事業開発人材30人を確保する」を人材成果とし、「外部採用10人・社内育成15人・社内異動5人」を施策として置けば、採用・育成・配置を同じ目標へ結び付けられます。

一方で、数値のつながりは最初から完全に証明できるとは限りません。経済産業省の2024年調査では、人的資本経営コンソーシアム会員579法人を対象にCEO・CHRO等へ回答を依頼し、261件の回答を得ています。6段階評価では「経営戦略との連動」に関する設問の平均が4.19だったのに対し、「投資対効果の把握」に関する設問は3.04でした。

この差は、戦略と人材を結び付ける方針を掲げるだけでなく、投資から人材成果、経営成果までを追える測定設計が実務上の課題になりやすいことを示しています。そのため自社では、因果を断定せず、仮説としてつながりを置き、四半期や半期ごとに妥当性を検証する方法が現実的です。

人的資本経営は5ステップで実行する

人的資本経営は、大規模な制度改革から始める必要はありません。経営戦略と人材ギャップを一つずつ結び、優先度の高い領域から実行します。

経営戦略、人材ギャップ、施策設計、KPI設定、経営レビューで進める人的資本経営の5ステップ

図のとおり、経営戦略から人材ギャップを特定し、施策とKPIを設計して、経営レビューで継続的に見直します。各ステップで決めることは次のとおりです。

STEP1|経営戦略と時間軸を明確にする

まず、3〜5年程度で何を実現したいのかを整理します。売上拡大、新規事業、海外展開、生産性向上、事業承継など、企業によって重点は異なります。人的資本の議論を「人事の課題」から始めず、「経営として何を変える必要があるか」から始めます。

STEP2|必要な人材ポートフォリオと現状の差を把握する

重要な職種・役割ごとに、必要人数、必要スキル、経験、配置、後継者の状態を整理します。そのうえで、現状との差が大きく、経営への影響も大きい領域を優先課題にします。

STEP3|採用・育成・配置・定着の組み合わせを決める

不足人材をすべて外部採用で埋めるのではなく、外から採る、社内で育てる、配置を変える、重要人材に残ってもらうという選択肢を組み合わせます。外部人材の活用が適する業務では、業務委託や専門家との連携も検討対象になります。

STEP4|経営成果までつながるKPIを設定する

施策KPI、人材成果KPI、経営成果KPIをつなぎ、誰がどの頻度で確認するかを決めます。測定できない指標を無理に置くより、経営判断に使える少数の指標から始め、データ整備とともに精度を高める方が運用しやすくなります。

STEP5|経営会議でレビューし、施策と配分を見直す

人的資本KPIは人事部だけで確認せず、経営会議や事業レビューの中で扱います。目標との差が縮まらなければ、採用予算、育成対象、配置、評価制度などの優先順位を見直します。人的資本経営は、一度作った計画を守る活動ではなく、事業環境と人材状況に合わせて投資配分を変える経営管理です。

人的資本経営が進まない4つの原因

人的資本経営が形だけになりやすい企業には、共通する4つのつまずきがあります。

  1. 開示指標から逆算してしまうことです。男女比率、研修時間、離職率などを並べても、自社の経営戦略との関係が説明できなければ、経営判断には使いにくくなります。
  2. 採用・育成・配置・定着が部門別の目標になっていることです。採用担当は採用数、研修担当は受講率、組織開発担当は別の指標を追うだけでは、人材ギャップが解消したかを横断して判断できません。
  3. 人事だけで完結させていることです。必要な人材像は事業戦略から決まるため、経営層、事業責任者、人事が同じ前提を持つ必要があります。
  4. KPIを増やしすぎていることです。測れる数字を集めるのではなく、「この数字が変わったら、どの経営判断を変えるのか」を説明できる指標を優先します。

自社の人的資本経営を確認するチェックリスト

次の8項目に答えると、どこから整理すべきかが見えやすくなります。「できていない」と感じた項目が、最初に整理する対象の候補です。

  • 3〜5年後の経営戦略と、必要な組織能力を言語化できているか
  • 重要な職種・役割ごとの必要人数と能力を定義しているか
  • 現状との人材ギャップを人数・スキル・配置で把握しているか
  • 採用・育成・配置・定着を同じ人材課題に対する施策として設計しているか
  • 施策KPIだけでなく、人材成果KPIを設定しているか
  • 人材成果KPIと経営成果の関係を仮説として説明できるか
  • KPIを経営層と事業部門が定期的にレビューしているか
  • 結果を踏まえて人材投資や施策の優先順位を変更できるか

すべてを一度に整える必要はありません。最初は経営上の重要テーマを1〜2個に絞り、「必要人材→現状ギャップ→施策→KPI」を一本につなげると、人的資本経営を実務へ落とし込みやすくなります。

まとめ

人的資本経営は、人材に関する施策や開示項目を増やすことではありません。経営戦略から必要な組織能力と人材を定義し、現状との差を採用・育成・配置・定着で埋め、その進捗をKPIで確認する経営の仕組みです。

実行するときは、①経営戦略、②必要な人材ポートフォリオ、③現状とのギャップ、④採用・育成・配置・定着の施策、⑤経営成果までつながるKPIの順で整理すると、個別施策を一本の人材戦略にまとめやすくなります。

まずは自社の重要な経営課題を一つ選び、「どの人材・組織能力が足りないのか」「何で埋めるのか」「何を見れば前進したと判断できるのか」を一枚に整理するところから始めてください。

参考文献・データ元

この記事で参照した情報を確認できます。

  • 「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」経済産業省。人材版伊藤レポートは2020年9月、人材版伊藤レポート2.0は2022年5月公表。人的資本経営の定義、3つの視点・5つの共通要素、2024年調査の案内を参照。https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/
  • 「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~」経済産業省、2022年5月。人的資本経営の実践枠組みを参照。https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf
  • 「人的資本経営に関する調査結果(詳細)」経済産業省、2024年6月公表。調査期間2024年2月16日〜4月26日、回答261件。経営戦略との連動、投資対効果把握に関する回答結果を参照。https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/2024survey2.pdf
  • 「『人的資本可視化指針』の改訂について」内閣官房日本成長戦略本部事務局、2026年3月23日。改訂版指針と、経営戦略・人材戦略・指標の連動に関する資料を参照。https://www.cas.go.jp/jp/houdou/20260323.html
  • 「サステナビリティ情報の開示に関する特集ページ」金融庁。2023年1月31日の内閣府令等改正と2023年3月期決算企業からの適用内容を参照。https://www.fsa.go.jp/policy/kaiji/sustainability-kaiji.html
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